井上千鶴のことば

 

 

三寒四温

 

ようやく暖かな日差しが感じられると思っていると、またまた冷え込む日があったり

この時季は気温の高低も日ごとに異なり、また天候も二日毎に雨、晴れと目まぐるしく変わります。

今日も午後から雨がしとしとと間断なく降り続いています。

一雨毎に春になるという言葉通り、土筆が育ち、家のこぶし木蓮や、土佐水木が一斉に咲き出しました。

そろそろ私たちの季節です。

今春、夏に売るため、今は会社中が一年で一番商品の多いときです。

今年これがどれだけ売れるのか製作担当者はじめ、皆ドキドキです。

 

27年間仕事をしていても、売れるもの、売れないものはなかなか予想通りにはいきません。

本当に難しいものです。

そんな状況の中で、もう来年のことを考えなければなりません。

サイクルが早いというのか、私たちのような雑貨に類するものを扱っていても

年毎のファッションを考えずにはいかないということなのです。

同じものを作り続けて商いが成るという会社は現代では成り立たないという現状に

少し不審を抱きつつも、新しいものを開発することのおもしろさと、しんどさを同時に感じています。

 

中登美ギャラリー「瑲 sou 」も少しずつ準備が整ってきました。

これもドキドキです。

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

春近しの掛け声ばかり高く、今日も雪のちらつく空模様です。

明日は修二会の大松明が二月堂の舞台を駆け回ります。

 

私の娘時代、東大寺観音院へ毎々遊びに伺いました。

父が観音院住職の上司海雲さんと懇意であった頃から

連れられて始めは行っていたのですが、その内大きくなってからは

海雲さんの人間性に惹かれていろいろな会のお手伝いに行ったり

奥様にお茶のお稽古をしていただいたりとよく伺うことになりました。

骨董品の交換会である「我楽苦多(がらくた)会」が毎月観音院で催されたり

遊びの会があったりと、いつも人の出入りが多く、にぎやかなことが好きな海雲さんでしたが

信仰という点においては大変真摯な方でした。

年に一度の修二会の行には管理職になられるまで必ず毎回欠かさず籠られていました。

2月20日からの試別火から3月13日の満行までの20日あまりの荒行に毎年出仕されるお姿は

日頃、私たちに接されるやさしい態度とはまったく別の厳しい面を持っておられました。

 

修二会のお松明が上堂する頃、私も2度ほど局部屋で籠ったことがありました。

二月堂内、十一面観音様の周囲で錬行衆の僧侶が祈りの行をされている

その外陣の一角にある局部屋には行儀に座った人でいっぱいの中、一夜を過ごします。

無心になって祈る中、内陣の僧侶の読経の声と松明の明かりと駆け回る足音が

現代の私たちを1200年以上前から続く幽玄の世界へ誘います。

遠い昔の思い出です。

 

3月13日の午前2時頃若狭井(閼伽井屋)からお水(香水)をくむ行事があり

これがお水取りの別名ともなった由縁です。

その深夜、達陀の妙法が行われ、ようやく奈良にも春が訪れます。

 

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

奈良の会-田原の里

 

7年前、友人たちと奈良の会という法人を作り

「奈良の自然と文化と人との共生」を目指す行動を少しずつしてきました。

その間に私は博道が他界するということもあり、この2年間は全く休眠状態でした。

しかし友人たちはそのような私に対して文句ひとつも言わず

各自できることをその範囲内で活動していただいたこと

本当に有り難い存在だと感じています。

中でも木蓮の山にするというメンバーの三家氏とその土地の提供者の松本氏は

黙々と苗木を植え付け、水を置き、雑草の手入れをし、また伐採をし、道をつけを繰り返し

今ではかなりの土地を開墾してきました。

ようやく私も植え付けを頼んでいた無花果の施肥の手入れに参加することが出来ました。

1年半ぶりの田原の山は底冷えのする寒さでしたが、時々陽が差すと少しは暖かさも感じられ、春近しの山でした。

お昼はメンバーの別所夫妻の心づくしのバーベキューを松本邸の庭で楽しみ

ボランティアの若者たちともおしゃべりし、心まで暖かな一時でした。

次回からは私たち会社のメンバーも参加しないかな!とも思いました。

 

植物、特に樹木の成長は息長く見るものです。

多分、私たちが亡くなってからようやくその成果が見えてくるのかもしれませんが

これから先、何年、何回、田原の山に来られるかもしれないですが

楽しみながら少しずつでも続けたいという思いに駆られました。

 

ギャラリー(中登美ヶ丘)のリニューアルも少しずつ見えてきました。

後2週間ほどでほぼ完了する予定です。

内容はまだまだ不安定ですが、これから1ヶ月最善を尽くしたいと思っています。

 

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

 

今日は3月3日、桃の節句です。

東大寺の修二会が始まり、奈良の春もすぐそこのような陽気のこの頃です。

月曜日の今日はお客様を見送るために会社の庭近くに佇むと

右手にキュートなピンクの乙女椿が花をつけていました。

近くには博道の碑が在り、なんとなくほほえましいなと思いながら

お客様に挨拶をした後見入っていました。

 

私たちの会社は奈良の町中より1kmほど北東に行ったところに在ります。

気温は町中より年中2~3℃低く、冬の寒さは特にこたえる所ですが

その分、緑が多く空気も澄んでいます。

春は春らしく、田畑の畔や道の辺には雑草が花をつけ

夏には休耕田の近くの溝に蛍が飛んだり。

秋の土手は霜に焼けた雑草の彩りに驚かされたりと

四季それぞれ楽しみは尽きません。

そのようなところで毎日、仕事をする幸せをしみじみ感じています。

 

次は目の前の飯盛山に咲く山桜が何日頃かなというのが楽しみです。

後1月ほどのことでしょうか。

 

 

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

水仙

 

ようやく道端に黒ずんで固まっていた雪も融け、今日は春らしい陽射しの日になりました。

ギャラリーや外壁の改装工事が始まって2週間あまりが経ちました。

音やホコリでなんとなく落ち着かない日が続いていましたが

外塀の一部を取り除き駐車場を広くすると、ずいぶん開放的な感じになりました。

 

春らしいといえば、今年も家の水仙がようやく花開きました。

工事のため、庭も荒れているのに。

椿の下に博道が植えていた水仙です。

早速お供えしたのですが、一輪の水仙だけでは寂しいので

この季節、春を待ちかねて花見だんごや桜餅を買っていたのを思い出し

好物の花見だんごも水仙と一緒に供えました。

多分、ご満悦のことでしょう。

 

寒さで手も足も霜焼けだらけでパンパンの私の指も

ほっとするような春の気配で心なしか少しましになったように思えます。

本当に春が待ち遠しいなー。

 

 

井上千鶴のことば

 

 

大雪

 

昨夜より降り出した雪が早朝には一面銀世界を作り出しました。

家の前の道路では立ち往生している車が2台もあり

一般の車はそろそろとたまに走るくらいで

チェーンをつけたバスだけが行きかうだけです。

そんな状況の中、私も普通タイヤのままでは怖くて車を出せず

会社へは電車とバスを使って行くことにしました。

電車もバスも遅れがちでしたが、平城宮跡の雪景色を電車内から見られたことは

大雪のおかげと感謝の気持ちでいっぱいでした。

博道に言わせれば、ドカ雪すぎて一面埋もれてしまっているということになるのでしょうが

白一面の美しさはやはり、変え難い無垢の美です。

 

奈良の雪はお水取り前に殊にドカッと積もることはありますが

最近こんなに積もったことはないと思います。

会社で昼食をしながら、どんどん降り積もっていくさまを見て

そろそろ、早めに帰るように皆に声掛けをしました。

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

立春大吉

 

立春大吉のお葉書をいただきますが

先週末よりの降雪で首都東京の交通網は大混乱

奈良も町中でも雪が積もり、美しい景色が楽しめました。

奈良公園はさぞかしと思うばかりです。

 

日曜日、早朝、久し振りに散歩に出掛けると

早咲きの紅梅がひそかに咲いていました。

蝋梅が咲ききった後、高尚な香りの紅梅が咲き出しました。

季節の移り変わりを感じます。

自宅は改装のため幕で覆われ、西側に毎年咲く万作の花が見られません。

幕がとられる頃にはもう盛りが過ぎているのではと心配です。

 

先週は東京ビッグサイトでの年2回のギフトショーが催され

私たち「幡」もブースを持ちました。

春、夏商材ということもあり、多くの方々が来場され

5名体制で対応していましたがひっきりなしの盛況でした。

ありがたいことです。

この機会を無駄にしないためにもお客様とのコミュニケーションを

継続的に発展させる努力を営業の人たちは重ねなければなりません。

帰ってからのフォローこそが商売の第一歩です。

がんばって仕事しましょう。

私も昔からのお取引先や、仕入先の方とも久し振りにお会いし、

何やかやとのお話で楽しいときを過ごしました。

 

まるでメゾン・エ・オブジェの展示会のような立派なディスプレイのお店や

とりあえず商品を並べているだけのお店との差の大きさに驚き

もう少しディスプレイを意識するといいのにと思いました。

 

何はともあれ、アベノミクスの影響か

入場者数全体が多く、賑わったギフトショーでした。

今後の営業に期待したいです。

 

 

井上千鶴のことば

 

 

節分

 

2、3日前より3月ごろの陽気の日が続いていました。

昨晩遅くから霧が出だし、今朝は久し振りの濃霧でした。

以前なら前夜からカメラの用意をし、私が起きるころには博道は車を走らせていることが常でした。

今はもう、そんなこともあったなと霧をながめています。

 

柳の芽が少しずつ顔を出し、茶一色の枝が遠目には薄緑色になりかけています。

先日まで落葉樹はただひたすら寒さに耐え身を強張らせていましたが

2日間の雨と暖かさでなんとなく伸びをしたように思えます。

ベージュ色から芽が赤紫になり、山を見ると全体としてパープルかかった色合いになりだしました。

早い春の息吹を感じます。

今日は節分。旧暦では新年が始まります。

 

いよいよ明日から写真ギャラリーオープンの為の改装工事が始まります。

4月後半オープン予定に間に合わす為、工事も庭の造園も、そして私たちの仕事も

2ヵ月半の間に何もかも仕上げなければなりません。

特に写真の展示と写真に関する商品作りは手探り状態の中、時間ばかりが経っていきます。

今までの幡の運営のような店舗と内容が異なり

もっとゆっくりとしたペースで考えて、そして自分もお客様も楽しめる場作りに努めたいと考えています。

これから先、長く続けられる形を提案していきます。

いろいろなご意見もいただきたいと思っています。

何卒よろしくお願いします。

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

心の持ちよう

 

人間関係と人の気持ちの有り方について何十年来の友人とおしゃべりをしている時によくする話があります。

幼い頃から同じ両親に育てられ、周囲の人たちの慈しみを受けて育った者が成長し

異なった人たちと接触し、おのずから違った道を歩み40年50年という月日を重ねると

幼い頃の人格とは全くといっていいほど変った物になるのだろうかと。

人間関係、特に近親者とのいざこざは何にも増して厭なことですが

昔から諺に言われるように、変っていくことも世の習いなのでしょう。

 

そして、厭なこと、苦しいことがあっても、結局、好きな仕事を同じ方向を向き合って頑張れる仲間とすることが

一番、自分にとっては癒される時だと結論付きます。

それは、目に見えないことですが、自分の目標、あるいは嗜好のおもむくところを共有し会えるもの同士が

そのプロセスで係わり合い、努力し苦労することが喜びになります。

そして結果成功すればなお、その喜びは倍増するということです。

 

そんなわけで私は厭なこと、苦しいことがあっても会社の人たちと仕事することがいつも喜びに繋がっています。

その中でも日々、人間関係のいざこざは起こりますが、それも時間と共に解決できることです。

決して良いことばかりが続かないのと同様、苦しいことばかりもまた続きません。

日々、元気でいられることに感謝し、人を信じられる自分でありたいと願っています。

 

 

 

井上千鶴のことば

 

寒い寒い日

 

大寒に入り家の中でも暖房のきいた部屋から一歩出るとなんという寒さというほど。

そして朝夕の外気は氷点下という日が続いています。

身も凍てつくような毎日ですが、外交問題、特に日・中・韓の感情のもつれは

いつまで、どこまでこじれるのかと新聞、テレビの報道を見るたびに思います。

 

私たち戦争を知らない世代にとっては、戦争責任を明確にし、それに対して謝罪、賠償をし

そして次の世代に夢を託す(未来の発展的互恵関係を作る)という手順を着実に終えていただかないと未来はないはずです。

また、それを終わったというのであれば、第三者も交え、それが国際社会に認められているはずだと思いますが

戦後70年も経た今日でもなお、それが蒸し返され、長々と冷たい関係が続くというのはお互いのあり方に問題があるのでしょう。

 

私たち日本人は幸いなことに一度も他民族に侵略されたことがありません。(アイヌの人々や沖縄の人々に対しては侵略に近いことをしたのかもしれませんが)

なので、侵略を繰り返された韓国の人々の気持ちは正直なところ解らないと思います。

あるいは中国は何千年もの長い歴史の中で多民族が入り乱れ、闘争を繰り返した国です。

その上、近代の西洋列強や日本に蹂躙された歴史は世界中の中国人がそれまで持ったいた誇りと自信を踏みつけにしました。

長々と文化、政治面で優位に立っていたという歴史を考えれば、たった100年間の出来事で日本に大国ぶられる腹立たしさがおおいにあるのでしょう。

 

それら諸々のことを考え合わせた上で、安倍首相の言動はもちろん、政治家の方々はもっと賢く振る舞ってほしいと考えます。

また私たちは同じ地球上の人間なのです。昔のように情報がなく、全く国内事情の分からない時代ではないのですから

互いに相手のことを理解し、腹を割ってよい方向へ進む努力をしなければならないとつくづく思います。

 

身も心ももっと暖かくなれたらと切に思うこの頃です。