井上千鶴のことば

 

昨日の早朝、久し振りの散歩から帰って

シャワーを浴びようと中庭を通りかかると

二羽の子鳥が四方をガラスに囲まれた

中庭の砂利の上に居るではありませんか。

あっ、又かと思い、とりあえず汗を流して

から様子を見ようと浴室へ入りました。

10分後、驚かさないように静かに見に

行くと、その間に何度か飛び立とうと

試みたらしく窓ガラスにその跡がついて

いました。

 

2ヶ月程前にも一羽の鳥が入って来たのを

昆虫採集用の網で、そーっと被せ掴んで

外へ放ったのに、今回は二羽も同時に

どういう事なのかと、あわてると同時に何故

という思いでじっと見ていると一羽は、その内

頑張って舞い上がり中庭から飛び出しました。

しかし、もう一羽は何度か試みるのですが、

その都度ガラスに当たり扉の上の軒で一休みし

そして又、下りるという事を何度もくり返します。

その間30分程の間に、一度脱出したはずの

鳥がまた舞い戻って来て心配そうに舞上れない

鳥を見ているではありませんか。

この二羽は夫婦なのかと思っていると今度は

二羽の鳥の二倍もありそうな大きな鳥が二羽

けたたましい叫び声を上げながら中庭へ降りて

きました。会社へ行く身支度をしていた私も

その声に驚き見に来ると、なんと、小さな中庭に

大小混ざって四羽の鳥が飛んでいるのです。

どうするのかと思って見ていると一羽の鳥に

「こう飛ぶのよ」と教えるかのように(多分)親鳥が

励ましているのです。そして、二羽が飛び出した

その際に虫網で一羽をそっと掴んで外へ逃がし

ました。

 

この間1時間、親鳥が餌をくわえて来たり、飛び方を

教えるような様子をしたり、その愛情の細やかさ

情熱の熱さにただ驚くばかりの出来事でした。

何度か鳥が中庭に入る事はあっても今日のような

出来事は初めての事でした。

考えてみれば最近この鳥の鳴き方が頻繁に聞こえて

いたなと思うのですが、今朝は昨日とは打って変わって

静かな朝の到来です。あの鳥の家族はどこでどうして

いるのか、元気に飛べているのか知る由もありません。

 

 

井上千鶴のことば

日本の伝統文化と今

 

とても大きなテーマを揚げて一体どういう事と

思われるでしょう。

28年前、私と博道は好きな日本文化の中でも

特に室町時代から桃山時代にかけての所謂

今、日本の伝統文化と言われる礎を築いた

時代。最も大胆で豪快、そして精神的には、

日本人としてピークを成したこの時期に開花

した文化を思いながら物を創り影像を撮って

来ました。そして、会社としてのコンセプトを

そこに置いて現在まで歩んで来たのですが、

日本の伝統文化を今に生かすという事が何か

解らない。商品作りの中に、それがどう反映

されているのか。色の華やかさなのか、

あるいは文様なのか?

という問いに対して私は一時どのように答えれば

よいのか考えてしまいました。

ここに、少しその答えの一部を書いて見ようと

思います。

 

私の思う所の日本の伝統文化とは、色・形・文様・

インテリア・エクステリア・建築・香り・雰囲気・食・

音・自然、ありとあらゆる物に存在する中で、日本の

感性、極論を言えば、井上企画・幡の場合は、私の

(博道も含む)感性の所在その物なのです。

私は、時々美しい物を見に美術館や庭園に行きます。

そして、自分の目、感性を確認します。

(本当はそんな大層な事ではなく楽しむのですが)

あるいは、デパートや良いお店と聞けば見にも

行きます。絵画や写真の展覧会にも行きます。

お茶会にも行きます。いろいろな物を見、手で

触れ体験もします。そうする事によって、自分自身の

中に良い物、美しい物、本当に大切な事、いろいろな

規準が出来上がると思います。

もちろん、その時代時代の感性も同時に変化して

行きます。が、その中に流れる不変な何かが必ず

あります。それをいつも見たいと思っていろんな所へ

出かけるのかもしれません。

私自身この所、写真の仕事に時間を費やしている

ので、中々会社の皆ともコミュニケーションがとれず

何となく疎遠になって行くのが寂しいのですが、

私の後ろに続く人達は以上のような気持ちでいた

博道や私の気持ちを解ってもらいたいと思います。

そして、これからは、貴女達が日本の自然・美術・

芸術・建築etc. 良い物、素晴らしい物を

沢山沢山 見て感じ勉強して商品作りに生かして

欲しいと思います。多分そういう熱い思いがあれば、

お客様も他の企業にはない日本の伝統の今の

担い手を井上企画・幡の中に見出していただけると

信じています。

こんな事を言うと又、「抽象的な事ばかり言って

そうすれば良いの」という声が聞こえそうですが、

それしか言いようがありません。

考えてください。

 

井上千鶴のことば

写真

 

平成27年も折り返し点に来ました。1年の過ぎる

早さは年と共に比例しているのでしょうか。

私は今、35m/mやスリーブのモノクロフィルムの

整理をしています。

主に人物のスナップやポートレート等、博道が

産経新聞社のカメラマンとして働いていた時代

から近年の物迄あります。私と結婚する以前からの

物なのでフィルムの表紙になぐり書きした文字を

頼りに整理します。

中には、上司海雲師や司馬遼太郎さんの物が

どっと出てきます。本当に懐かしい思い出が目に

浮かび、40年程も昔の事を昨日の事のように思い

出します。

 

写真の持つ魅力の一つは見る人をその時代に

引き入れることではないでしょうか。特に人物、

ポートレートはその最たる物です。

私が幼かった頃、友人が家に遊びに来たら

必ずアルバムを見せて話したり、トランプや

ゲームをして遊んだものでした。

最近では、アルバムはもう作らないのでしょうか。

考えてみれば、私自身、仕事をしだした30年前

からは、アルバムを作った事もなく、博道が娘が

幼い頃に嫁に行く日の為にと家用と娘用に

同じアルバムを各々作っていたのを思い出す

ばかりです。家庭的でなかった自身の事を

棚上げして、昔の家庭の暖かさを懐かしむとは

いい気なものですが、古いポートレートを見て

何とも言えない哀しい気持ちになりました。

ゆっくりと時間の流れる昔の遊び、人と人との

交流。現代のいつも忙しく立ち働く私達の暮らし。

どちらが良いのか、あるいは選択出来るのか。

考えるばかりですが、時間は待ってくれません。

ただただ毎日、仕事を続けなければならない

のでしょう。少しばかりの楽しみをその中に

見出しながら。

こんな事を思うのは、少々鬱(うつ)気味ですね。

井上千鶴のことば

 

山頭火

 

先週より中登美ヶ丘 ギャラリー 瑲 では、

種田山頭火の歌をイメージした写真の

展示が始まりました。

放浪の俳人として大正から戦前に多くの句を

残された方ですが、その句も独特なら、生き方も

すさまじい物であったのでしょう。

幼い折に自ら命を断った母を生涯思い酒に溺れ

日常の身の回りの事や自然の事に寄せて平易な

言葉で詠む句は山頭火独自の世界を創ります。

博道の色彩やかな写真は、色という点では、

正反対と一見思われるのでしょうが、その底には

ひたひたと流れる心情、心根の哀しさが感じ

られます。

小品30数点を俳句と共に御覧ください。

 

8月7日(金曜日)迄 展示しています。

尚、会期中は、水・木・金曜日の

朝 11時 ~ 夕 4時30分 迄です。

どうぞ お気軽にお越しください。

井上千鶴のことば

 

 

 

梅雨の晴れ間

 

梅雨空が続いた後、昨日は久し振りの

青空が広がりました。一転、今日は朝から

シトシトと全くの梅雨です。

そんな中、庭に出て新聞を取りに行くと

緑の香りがじっとり身を包むようにある中、

咲き出したクチナシの甘い香りが、すっと

よぎります。

足元を見ると1週間前までは乾燥した杉苔が

茶色くなって葉を閉じていたのが、入梅と

同時に濃い緑の葉を全開させ、しっかり

雨を補えています。

しっとりと水分を含んだ空気の中で、

植物の緑とそれの発する緑や花の香り、

それに加えて濡れた石を目にすると、

日本の季節の美しさに一時うっとり

とした気分に浸ります。

外出先の雨は嫌なものですが、家に居て

ゆったりとしている時の雨は最高の落ち着きを

植物に限らず私にももたらしてくれます。

井上千鶴のことば


 

70歳を前に

 

今年6月13日で私は満68歳を迎えます。

同年代の親しい友人達もほぼ同じ様な年令です。

私達の世代は女性が仕事を持つという時代ではなく、

ほとんどの女性は学校を出ると、お茶やお花・洋裁等を

習いながら、お見合いをし、そして結婚をという人が

多かった頃です。それでも友人達の中には子育てを

しながら美術の道を選んだ人や栄養士として仕事を

し続けた人が何人かいます。そういう友人と話をする時

家庭と仕事の両立を果敢にこなし、それでいて涼しい

顔で、お洒落を楽しみ、年を重ねても、美しさを保つ

理想的な女性の一面を見て、ちょっと嬉しくなります。

しかし、これから先の生活スタイルや伴侶との係わり等を

考え合わせ、それぞれの事情はもちろん異なるのですが、

次のステップに踏み出す用意を始め出しました。

年老いても自立して生活出来、楽しみももちろんその中に

込められるような住環境を整え出しました。

そんな友人の姿を見るにつけ、次のステップの有り方は

一体どういう絵を描けば良いのか、私自身日々考える

ようになりました。

知力・体力全般に落ちて行く中で自分を成り立たせられる

物は一体どういう所なのか、自問自答する毎日です。

私は今、終の栖にしたい小さな家を建てようと考えています。

今迄私は、実家から出て結婚し神戸の御影で5年、奈良に

帰って来て富雄に住んで25年、そして中登美ヶ丘で13年余り

の歳月を過ごしました。

その間、会社を建てたり、L ier 幡や、東大寺店等を作ったりと、

いろいろ建物に関わっては来たものの、今回程、自身の楽しみと

住み易さを考えた住居を建てる事は初めてです。

4月から設計を始めていただき、まだまだこれからですが、楽しみ

でもあり、悩ましい事でもあります。

梅雨に入り、うっとうしい空模様の中、一瞬の晴れ間が嬉しい

そんな気分のこの頃です。

 

井上千鶴のことば

 

 

中小企業の思い

 

 

政治、経済、社会の一大変革期が今まさに起きている中で

私たち一般のものは仕事(小規模な経営)、家族をどのように考え、行動していったら良いのか

前回、見田宗介氏の談話を見て以降、ずっと考えています。

27年間、より良い品をまじめに丁寧に、そして誠実に売っていけば

おのずから商売として成り立つという信念でやってきて今に至ることが

それだけでは今後、適用しなくなるのではないかという危惧を感じるようになりました。

 

情報が溢れかえる中で私たちが進むべき道を

その都度的確に判断し、絶えず自らの立ち位置を客観的な目で見つつ

邁進していかなければなりません。

またそのためには多くの情報を収集し、それを分析し、その数字を読み解く力も必要です。

こんな事を考え、本当にそのようなことが私たちで出来るのか、とても不安なことです。

 

私自身のことを考えてみると、今まで自らが思うところ、感じることを形にし、

会社の人たちの協力を得て進めてきたのですが

今の私は、もうその時代の熱い想いとはかなりかけ離れた自分の目になっているのに気付きます。

そろそろ交代の時期に来ているようです。

 

しかしながら、いつの時代にあっても、どんなに情報社会になっても必ず言えることは

責任者は熱い想いをもって仕事をしなければならないということだと思います。

もちろん冷静な判断力、分析能力も必要ですが

「人を動かす」ためにはまず自らが率先してその気持ちを持ち

多くの人々を説得できるだけの「心」を持つことが必要ではないでしょうか。

中小企業の根本は多分こういうことだと信じています。

何はともあれ、若い後に続く人たちの育つさまをこれから見ていきたいと思っています。

 

 

 

井上千鶴のことば

新聞を読んで

 

今日の朝日新聞・朝刊インタビューの欄で

社会学者・見田宗介さんが記者に応じて

現在の経済発展、成長を続ける社会が

直面する根本的な文明社会としてのジレンマ

に対してどうすれば良いかという質問に

「ならば成長をやめればよい」と明快な答えを

出しています。

この答えをまず見出しで読んだ途端一気に

頭を叩かれたような思いで、その談話を読み

ました。ここにその記事を書き込むよりは、

是非、皆さん方も直ぐに読まれる事を勧めたい

と思いました。

社会学者でも何でもない私達でも先進国は軒並み

人口減少社会になり文明が発展すると引き替えに

益々環境問題が深刻化する現状、あるいは、

宗教の対立によるという名目なのか本音なのか

解らない世界各地の紛争。

経済がいくら発展しても貧困や格差の解消には

繋がらず、いろいろな場面での社会の閉塞感だけが

強まる中で、どうしたら良いのかと悩むばかりですが、

その中で見田宗介さんの、現在は人類が人として生きて

来たB.C.6世紀からA.D.1世紀までの700年を第1の

曲り角だとするとこれからの100年位は第2の曲り角に

なるだろう、その後に来る新時代を高原の見晴らしを

切り開く社会にするこの宿題に面してわくわくすると

話されているのですが、私には、そう自覚する大人に

皆が育つ事こそが大切だと考え、是非、見田宗介氏の

著作集を読みたいと思いました。

井上千鶴のことば

 

生きる

 

最近、友人と話している中で、30年後の私達の生活は

どのように変化しているのだろうかという事が話題になり

ました。多分お互い生身の人間というよりは、生きて

いてもほとんど植物状態かな等と言いながら話を続け

ました。医学、科学、何もかも大変なスピードで変化

していくでしょうが、中でもロボットが人の能力のどの

位まで出来るようになるのかという話題の中で現在は

人の考える、企画、想像する事はロボットでは出来ない

事で、人のみの事だと思っているが、30年、50年後の

ロボットは、この領域にまで入って来るのではないかと

話す科学者もいるとか。

しかし、私は、先日NHKのテレビを見ている時、

証券マンとして何億円ものお金を日々動かしていた

人が、ある時そのような自分の仕事のあり方に疑問を

持ち、人の為にお金を使う(貸し付けをして)本来の

地道な投資家として出直した。もちろん、以前のような

高給は得られなくても、その代わり人としての仕事、

充実感が持てるようになったというドキュメンタリーでした。

このような人間独特の感情や意図がロボットに持てるのか、

あるいは持てたとしたら、私達は一体人と機械の区別を

どう考えるのかという事を考えました。

又、ある人は生ある限り死は必ず訪れるものであるが、心、

魂、感情等、現在では目に見えない考えの中の事が、保存

されて次の世代にも永く受け継がれるようになるのでは、とも

言っていました。その頃には、人生ももっと長くなっているかも

しれません。でもいつかは死ぬのですが、霊魂が残る、あるいは、

何か理解出来るようになるとしたら身体は滅びても、次の世界

への道が拡げるような希望が湧いてきます。

ひょっとしたら次界で父母や友人、主人等と楽しい話か

魂の交流が出来るのかもしれません。

こんな事をおしゃべりした一時でした。

 

井上千鶴のことば

 

 

一言の大切さ

 

新緑の美しさが日毎に増すこの頃ですが

それと同時に足元を見れば歓迎されない草が成長し始め

常緑樹は古い葉を落として新緑へと入れ替わり、衣替えをする季節でもあります。

 

自宅の前は歩道になっていて車道との間にツツジの植え込みが列なっています。

今は満開の花盛りで美しいのですが、その間間にモチノキが植えられています。

これがちょうど新緑との入れ替わりの時期で葉をどんどん落とします。

もちろんツツジの木の間にもヘクソカズラの蔓が伸び、カタバミやタンポポ、豆類などが成長します。

 

見苦しいので朝の30分ほどでとりあえずの掃除をしようとしていたとき

ゴミの収集車が通りがかりました。

と同時に家の前のゴミをその車に積み込む役目の方が

私の傍にある落葉などが入ったビニール袋を見て

「積み込みましょうか?」と声をかけてくれました。

私は咄嗟のことで「ありがとうございます。いいえ、大丈夫です。」という答えだけをしました。

その一言が私の中で、その後いろいろな事を考えるきっかけになりました。

 

私たち、奈良の住民は何年前だったか

ゴミの収集業務のことで良い報道はほとんどされず

いつも何か嫌なイメージが出来上がっていたように思われます。

しかし、最近になってゴミの分別ルールも以前より緩やかになり

置き去りにされたゴミ袋が目につくこともほとんどなくなりました。

そして、今朝は収集の方の「積み込みましょうか」のやさしい一言で

何か心に暖かなものが感じられたのは偶然の一致なのかと思いました。

また、私自身も収集車の方の荒っぽいゴミ箱の扱いや

置き去りにされたゴミ袋を見るにつけて、次第に色メガネで見るようになっていた自分を反省したりもしました。

 

何はともあれ、嬉しい一言が朝の始まりで

人と人とは言葉一つで喜んだり悲しんだりと心動くものだと感じ入りました。