井上千鶴のことば

1月18日井上博道の別れの会を無事終えることができました。 540名余りの方々の参列を頂き、悲しみの中にも久し振りに会う、 懐かしいお顔や、日頃はお電話やメールでのやりとりで仕事を進めている方々等 年代を超えて様々な方とのお目文字をする事ができました。 この様子を博道は高いところから見て、色々な仕事をして 色々な方々とのお付き合いがあったなあといつもの笑顔で、 楽しそうに眺めていたのではないでしょうか。話すことができるなら やあやあ!と握手をしながら楽しげにおしゃべりしたのにと、 ついつい思ってしまいます。 本当に主役の博道がこの場にいないことを、認められない自分が 多くの方とお話していながらも宙に浮いているような感覚でした。 雪も散らつくような天候から始まった会でしたが、終わり頃には冬の寒さ特有の 身の引き締まる美しい夕日を見ながらの帰宅になりました。 始まる前は今日一日思い通りに運べるだろうかと危惧したのですが、 花の飾り、供花一覧、受付の段取り、案内、粗供養、博道のDVDの放映、 司会等々、三時間の会の為に一丸となり、心を合わせて遂行する ことができました。感謝感謝の気持ちでいっぱいです。 私もいつ迄も悲しい、苦しいとばかり思っている 訳にはいきません。時間はどんどん過ぎていきます。 博道の気持ちを思い、彼の目指した所をこれから先 どのような形で実現していくのかを考えつつ、 仕事を進めていきたいと改めて自覚しました。 ゆっくりとしかししっかりと頑張って行きます。

井上千鶴のことば

お正月休みの最終日に会社の人達と幡の思いを 今後どのように伝えていくべきか 話し合いました。 博道が元気な頃は発表する作品や出版物に込められる思いが とりも直さず幡の思いと考えていたのですが これからはそれも叶わなくなりました。 本社のスタッフはむろん、直営店の人々も皆、 幡の思いはこうなんだという事をより 具体的に理解頂く為にブログを通して時々お話を していこうと思っています。

井上千鶴のことば

昨秋の事故以来、そろそろ三ヶ月が経とうとしています。 自宅に帰っても「ただいま」の声に「おかえり」の返事が返ってくること ことはもうなくなりました。 ただただ、静寂の空間に入っていく何とも言いようのない孤立感。 元気な時の博道に対しては、日々不満(仕事や人間関係によるストレス) な顔をし、何も飾ることなく思うままに接していた 自分の我が儘さに、全く自己嫌悪するばかりです。 それに対して、悲しげな表情で黙って食事する その場面を思い浮かべる度に後悔するばかりです。 人の我欲の浅はかを知るこの頃です。 40年余りの間一緒に暮らし、お互いに色々な経験をし、 苦しいこと、楽しかったこと、憤ったこと 等々と同時に、ほとんどの時間は淡々と過ごしてきたのですが 思い返すと私には真似の出来ない、穏やかな性格の良い人でした。 一途な写真への思いとその情熱の凄さ等々、良いことばかりが 頭をよぎります。 何故元気な時に素直な気持ちで接っせられなかったのかと 思うばかりです。 後悔先に立たず、その通りです。