井上千鶴のことば

 

処暑

 

暦の上では暑さのピークが過ぎた処暑になっても一昨日までは暑さは収まらなかったのが

昨日の朝方からの大雨で一転、やっと涼しい日を迎えました。

雨の慈しみを受け、木々は本当にうれしそうに見えます。

夕方になると虫の音が少しずつ聞こえてきます。

秋ももうすぐの気持ちになれました。

天気予報では今週はまた一転、猛暑まではいかなくともまだまだ夏だとか。

でも、一度秋近しを味わったこの気持ちがあればもう少しの我慢ができそうな気がします。

 

人の心持というのは本当に微妙なものです。

晴天の青空を見ると、何とも明るく晴れ晴れとした気分になり外向きになります。

雨の日は本を読んだり、縫い物をしたり、考え事をしたりと内面を見るようになります。

自然の営みに沿いながら生活することが人の生き方なのかもしれません。

特に秋は足早です。

処暑、白露、秋分、寒露、霜降とすぐに冬めいてきます。

朝夕、肌を出していると少しひんやりするこの感覚を楽しめる間に

夜風を感じながら物思いに耽る。

四季の中でも一番好きな時です。

 

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

猛暑と植物

 

今夏の暑さは格別で、そのうえ夕立もなく10日以上まとまった雨のない状態が続いています。

夏休み中8月13日~18日の間、私は庭の水遣りを毎朝2時間近くしていました。

にもかかわらず、竜のヒゲや苔、椿の葉、夏椿の葉などはどんどん茶色く焦げたようになり葉を落とし始めました。

多分それは、全身で生きることの難しさに耐えかね、葉を落とすことによって少しでも蒸発を防ぎ、何とか生き残ろうとしているようです。

山紅葉も2ヵ月後から始まる紅葉(こうよう)を待たず、先の葉がちぢれ茶色くなっています。

全くの水不足そのものです。

いつまで続くのか、晴天とこの猛暑。2時間かけて水遣りをしてもあまり効果が見込めません。

自然の雨にかなうものはありません。

 

去年も猛暑、今年も猛暑。その勢いはどんどん激しくなるようです。

暑さだけでなく気象そのものが大変不安定なものになっているのは温暖化の影響なのでしょうか。

この先20年、30年後にはどうなっているのでしょうか、恐ろしくなってきます。

環境問題はアベノミクスが声高に叫ばれるようになってから、ほとんど皆忘れているのではないでしょうか。

地道な努力の積み重ねこそが大切、と環境問題をもっともっと身近に考えたいと思いながらの水遣りでした。

本日で夏休み終了です。

 

 

 

 

 

井上千鶴のことば


 

 

初盆

 

8月5日一応退院ということで病院を後にして一週間。

ようやく体調も少しずつ戻り、平常どおりの仕事に復帰することができました。

ただ、不整脈やドキドキなどが続き、もう少し気をつけないとまた逆戻りということにならないように

そろそろと仕事をしようと思います。

 

先日、西洋医学と漢方医学、両方をされる医者の方と話す機会がありました。

いろいろ興味深いお話をうかがうことができたのですが

特にその中でも、100歳以上の長寿の方に

「長寿の秘訣はなんですか?」という質問に対して

皆さん揃って「今日のことは今日、明日にまで持ち越して悩んだり、苦しんだりはしない」という答えだったとか。

忘れることの大切さ、苦しいことをいろいろ悩むよりは新たな希望、楽しみを見出すことの大切さを

皆さんお話されるということでした。

確かに、悩んでも苦しんでも問題は解決されません。精神的に病むばかりでしょう。

気を取り直し、気持ちを切り替え、観点を変えて取り組むことの意味は大きい気がします。

100歳まで生きることが良いのかは今の私には解らないことですが

一つのことにばっかりとらわれない“心”は持ちたいと願っています。

 

初盆を迎え、ひとつの区切りのときではあるのですが、

今夏の暑さは格別で、博道が存命であれば、多分苦しい夏だったと思います。

今は、暑さ寒さのない極楽(?)に居て、

ハナ、ムー、トム、クリ、マリーなどの代々のワンちゃんたちと楽しく過ごして欲しいと祈ります。

 

いろいろな方々から初盆のお供えを頂戴し、今朝からお供え開始しました。

8ヶ月を経ても多くの人達の思い出の中にいる博道は幸せな人だったとつくづく思う今日でした。

 

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

入院4日目

 

病院内にも慣れ、朝、午後の2回ずつの点滴、各2時間半以外は全くの自由時間。

読書とボーっとすることとテレビを見ることに明け暮れている日々です。

病室からは生駒山上が遠望できますが、近景は病院の建物の屋根が目の前に拡がり

あまり良い景色とは言い難いものです。

それでも鳩や燕、小さな鳥たちが時々飛び交う姿を見、

先日はラジオで海を渡る蝶やウンカなどの小さな虫達が、波の波頭にそっと足を休め、また飛んでいく

生命力の不思議を思い起こしたりもしながらなぐさめられていました。

 

病院受付付近へ下りると、週明けということもあり大変な人でごったかえしていました。

ほとんどの人が60歳以上の高齢者で、夫婦で来られている方や

80歳くらいの老婦人ならば娘か孫に付き添われて来院されている様子。

老人患者がいかに多いかということに今更ながら驚きました。

また、私自身もその仲間入りなのですが。

 

働き盛りの40代、50代の人が少ないのが気になります。

その人たちは多分、よほど緊急事態にならないと病院(それも大学の)には来れないのではないのでしょうか。

少々のことなら町の薬局などで売薬を買ってなんとか過ごしているのでしょう。

本来、この年齢の人達がもっと手厚く体調管理をし、日々を健康に過ごすことが

将来の老人医療費の軽減化につながるのではと思いますし、

その年代の人こそが社会を牽引する原動力となるのでしょう。

 

あまりにも老人が多く、かつ、手厚いのはもう限界に来ているのでしょうね。

老人でもお金のある人はそれ相応の負担をするべきでしょうし、何でも一律というのは無理がありますね。

本当に今の日本は戦後の経済優先であらゆる物を見てきたシステムが

全体として限界に来ているのが、何につけても見えるように思うのは私だけでしょうか。

 

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

 

発疹と痒さと休養

 

7月23日より、胃のピロリ菌の除菌を行うため、抗生物質を飲みだして、7月30日にそれが終了。

ようやく除菌できたなと思い、この暑さにも負けず頑張ろうと思った矢先、

7月31日の朝、突然、体中に発疹ができ、痒さのあまり辛抱できないありさまで

とりあえず開いている皮膚科に飛び込み、ステロイドの注射、飲み薬、塗り薬を持ち帰りました。

何も手が付けられない状態で、体中をかいては薬を塗りを繰り返しましたが治まらず

かかりつけの皮膚科に再度、8月1日飛び込むと、とりあえず大学病院へ行ってとのこと。

8月2日に大学病院へ行き、そのまま即入院ということになりました。

 

この間、3日間、全身の痒さに震えが出るありさまで、夜も眠れなかったのが

ようやく入院して8時間以上も点滴を受けながら、ゆっくりと寝ることができるようになりました。

今日は8月3日、こうしてブログの文章を書いたりもできるようになり、薬と治療のありがたさに感謝です。

 

退院は痒み、赤味がとれてからということで来週半ばか、後半になるのでしょう。

この機会に休養と読書をしたいと思っています。

しかし、運動不足になるのが困ったことです。

家の庭木の水やりや鉢植物の水やりも気になります。

娘やスタッフの人に助けてもらわないとできません。

 

本当に人が社会人である限り、いろいろな人達の相互扶助で成り立っていると痛感させられます。

ひとときゆっくり休みます。

皆さんの手助けお願いします。

 

 

 

 

 

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接客

 

 

いつも行きつけのガソリンスタンドへ

2週間前に納車された新車で給油のために行きました。

新顔のサービスマンが早速近づいてきて

空気圧測りましょうか、“ただですから” と一言。

そして次には前のエンジン系統も見ましょうか、“こちらも無料です” と。

矢継ぎ早に何が何でも営業のきっかけを作ろうと必死でいろいろ進めてくれます。

多分、店長に入車した人には駆けつけてガソリンを入れる以外の営業のきっかけ作りを積極的にするように言われているのでしょう。

前後の見境もなく誰にでも同じように言っているのではないでしょうか。

 

ただ、私の車はどう見ても新車で、そんな相手に先のようなことを言いに来るのは全く何も考えず、

接客の第一義であるはずの“お客様が何を欲しているのかを見据えて対応する” ということが抜け落ちてしまっています。

そんな対応をされた私はといえば

「先週、入ったばかりの新車なの」という一言で終わりました。

 

“接客をする前に状況把握” という目を持つことの大切さを

“幡” の新人達にも教えないとと思う出来事でした。

 

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

洋服と私

 

最近、年をとったせいか着る物を買いたいという意欲が乏しくなり、

ついつい以前より持っている物の中で考えることが常になっています。

そんな私を見て娘が (見るに見かねてか?) 白のサルエルパンツをプレゼントしてくれました。

私の買い物の範疇ではないデザインです。

しかし、そのパンツを着けて友人と食事に行くと

ファッションに関心のある友人は早速、白がよく似合うねと褒めてくれました。

この年になっても褒められることは何とも良い気分で (少しはずかしいですが) 美味しく食事ができました。

このことがあってから、やはり年を重ねても、年を重ねるほどよけいに

好きな物を身につけ、人の目を意識することが自分を保つことになるのだと思いました。

ただ、それも相応にとは思いますが。

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

日本は春夏秋冬の四季があります。

それぞれの季節は異なった表情を持っています。

日本人はその異なる季節を楽しみ、くらしの中に取り入れてきました。

そのより所となったのが24節気。15日くらいの単位からなっています。

 

日々のくらしと季節感を盛り込んだ本を作りたいと考えています。

博道の未発表の写真と私の思うところの室礼(しつらい)や食などをいれて。

今様暦を作りたいと思っています。

 

目標は来年春or秋に定めます。

頑張ります。

 

 

 

井上千鶴のことば

 

沖縄の苧麻と会津の苧麻

 

7月2日、梅雨の晴れ間に友人の沢田さんの苧麻畑を会社の新人達と訪れた。

麻布を扱う私達が手織の麻布がどのように作られるのか、見て、体験して、教えていただくことにしました。

円成寺へ続く道筋の山間に畑と作業場がありました。

畑仕事など全く未経験の皆ですが、80cmほどの会津の苧麻と1m以上もある沖縄の太い苧麻をそれぞれ鎌で刈り取り

天地を揃え、表皮を削ぎ取り、水に浸す。

そこまでを畑で行い、後は会社でそれを糸にするための作業を行いました。

私も含め、皆が難儀したのは、糸作り苧績(おうみ)でした。

 

沖縄の苧麻は太くて成長も早く、年間4回も収穫できるとか。

それにくらべて福島の方は年1回の収穫で、成長は遅いがしっかりとよく詰まった繊維がとれるとのこと。

木でも草でも同じで、南洋材は木目が粗く、年月をかけて成長した国内材は木目が細かく

一般的には強固だということに通じるのではないでしょうか。

 

縦糸に巻き取ったり、杼(ひ)に入れる横糸の“へそ”を作ったりとなかなか根気と精度を問われる仕事だと

体験することで納得した一日でした。

 

1疋24mの麻布地を織り上げるまで、どのくらいの日数が要るのか、

それ以前に手作りできる人がどのくらいいるのか等など

高騰する麻布のことを考えると、それもそのはずだな、と変に得心したりもしました。

 

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

40年来の古い友人と久しぶりに話し込みました。

若い頃は興味、趣味の赴くところが近い者同士、父親くらいの年齢の方々とお付き合いの中で学ぶことの多さに

お互い驚き、またありがたい事だったと今にして頷き合いました。

考えれば、その頃に受けた物の見方、考え方、人と人との付き合い方などなど

およそ社会人としての素養をその時代に学ばせていただいたように思います。

しかし、その後、それぞれの道を歩み、あまり交わることもなく過ごしてきました。

 

お互い還暦も過ぎ、彼女は”食”にずっとかかわり続ける中、最近では日本の伝統食を丁寧に、そして上品で気取らない美味しい物を作ることに専念しています。

私とはまた異なった生き方の中で自分の出来ることを次世代の人達に伝えたいとも言います。

私たちが若い頃、先輩の人達に教えていただいたように、何か役に立ちたいという思いです。

 

次の”おもたせ”が楽しみです。