井上千鶴のことば

 

 

グループ展

 

博道が生前、参加していた2年に一回のグループ展が12月に催されます。

テーマを何にするか迷った揚句、「神々しさ」とか「神を感じる」とか何しろ写真から受ける印象を「神」にしたいと考えました。

 

博道は写真を撮るとき、自身の頭脳では、いつも風景であれ花であれ

その被写体に「神」 「仏」 という人知を超えたものを感じてシャッターを押していたようです。

あるいはそのような風景、花、仏像を撮りたいと願っていたと思えてなりません。

 

それで今回の写真展も彼のイメージの中の「神」 「仏」 を表現できるものにしたいと考えました。

この影像をご覧になられた方がどのように受け取られるかは別として

本人は多分、レンズを覗き、その中に「神」 「仏」 を見ていたのでしょう。

 

1週間前より急に朝夕冷え込むようになりました。

庭の楓や山法師、桜の木々が紅葉し始めました。

自然の時の移り変わりは着実に進みます。

先日も早朝、霧が出ましたが、これからの時期、霧と紅葉を追っかけて

夜寝るのもそこそこに朝早くに出かけていたのを思い出しました。

 

 

Does it Work?! 2013 -関西・10人の作家展-

2013.12.5 (木) ~ 12.11 (水)  10:00~18:00 (最終日15:00まで)  日・祝休館

キヤノンギャラリー梅田  06-4795-9942

大阪市北区梅田3-3-10梅田ダイビルB1F

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

 

グローバル化と均一化

 

私が海外旅行にはじめて行ったのが32歳の頃だったと思います。

今から35年前のことです。

フィリピンのセブ島でした。

それからインドネシア、タイ、ラオス、台湾、韓国、中国など

東南アジアや中国が主な行き先でした。

 

10年前まではそれらの国々を訪れると特色ある布製品や骨董品を安価な値段で買うことができました。

日本人や西欧人がそうして買い漁ったのでしょう。

今や、それらの国々を訪れても昔のようにドキドキするような興味ある品を見ることはほとんどなくなってきました。

同時に異臭のするバザールもこざっぱりした商店が軒を並べるようになったり

デパートも日本よりもヨーロッパ的なディスプレイになったりと

20年ほどの間にそれぞれの国の個性を際立たせるよりも

世界基準に平均化する方向に皆が向かったように思えます。

これがグローバル化ということなのでしょう。

しかし、私のようにそれぞれの国のおもしろさを楽しむ者にとっては残念なことです。

また、以前は貨幣価値の違いから骨董品を買い漁るなどということは心しなければならないことでした。

それ以前にそれらの国の人たち自身が自国の文化を理解し、プライドを持って商いをすることこそが大切なことではないでしょうか。

何はともあれ、グローバル化と均一化ということはよくよく考えないといけません。

光と影の両方の部分を持つことを認識する必要があるようです。

 

今日からLier 幡でイラン・イラクの絨毯展を催しています。

主催者の榊さんは毎年、仕入れのために現地に入られるとのこと。

さすが普通のカーペット屋さんとは一味も二味も異なるおもしろい物をお持ちでした。

お話の中で前記のようなことを申し上げたら

やはりそのようなことを感じるとのことでしたが

イランは日本人も米国人もあまり行かないところなのでまだまだおもしろい物もあるとか。

一度私も訪れたいと夢がふくらみました。

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

石上神宮布留祭り

 

10月15日、石上神宮で布留祭りが行われました。

前日までの晴れ続きの天候が台風接近の影響か一変し朝から雨模様でした。

日本一古い神社として創建された石上神宮は奈良市の東南に位置し、山の辺を背後にかかえ

こんもりとした緑に囲まれた静かな場所にあります。

 

もう30年以上も前、野の花の本を作るに当たっていろいろなところの野外で花を生けてまわったその一ヶ所が石上神宮でした。

今もほとんどその頃と変ることなく、お祭りといっても雨のためなのかしっとりとした神域の中での改まった華やぎが感じられました。

 

先日も伊勢神宮の御遷宮があり、多くの参拝者でにぎわっている影像が報道されました。

それを見ていても若い人から中高年まで余り年代に関係なくお参りされているように思います。

 

石上神宮のお祭りでは神殿でのお供え、祝詞、舞楽などの例祭が行われた後、直会(宴会のようなもの)がありました。

その席で私の前に座っていらしたご夫妻は氏子ではないが、石上さんの先代の宮司さんの頃にできた信者の会に入っているとのこと。

その方いわく「お寺にも行くし、石上さんにも来ます。」とのことでした。

日本人の昔からの信仰の形が今の世でもちゃんと継がれているなと思いました。

それは30年変らない、いいえ、歴史を遡れば1400年以前から変らない神と人とをつなぐ場所としての神社のあり方を見るような思いをしました。

すがすがしい気持ちになれたひとときでした。

 

残念なことに今年は雨のため、御渡が中止され、立派な輿を拝見することができませんでした。

次回、機会があればと思い後にしました。

 

 

 

井上千鶴のことば

 

10月5日

 

昨日より来年の麻布の総合カタログの撮影が始まりました。

例年の仕事の運びなのですが、今年は留守番をしてくれる博道が居ません。

去年の今頃、アシスタントの人と私が自宅を出かけるとき

「お父さん、お弁当作ってあるから適当に召し上がってね。」

「トンネルの撮影は牧田(アシスタント)さんと一緒に行ける時にしてくださいね。」

という言葉を残して出発しました。(「分かった」という返事も確認せずに)

 

そして会社で撮影中、2時頃に警察よりの電話でトンネルの事故のことを知らされました。

ちょうど1年前の10月5日のことでした。

お弁当も到来物のお隣の栗の実を入れた栗ごはんに秋茄子の煮浸しに卵焼き。

今日もほとんど同じお弁当を私は食べました。

それ以降、博道と話しをすることは全くできませんでした。

1年が経ちました。

いつもいつも居るのが普通であった40年余りの年月の重さを感じた1年でした。

 

その間に社会も変り、私たちの扱う商品の傾向も少しずつ変化してきました。

多分、今後はその速度が速くなってくることでしょう。

ひとりの人が生を終えてもその人の記憶はそこで静止したままですが周辺は時と共に変化します。

そうしたことでゆっくりと昔の記憶として思い出のアルバムに貼り付け、自分を立ち直すことになってゆくのでしょう。

 

今朝の散歩では金木犀の香りが其処此処のお庭から香り立ち

一枝頂戴しては一輪挿しの花器に挿していた博道のことを思い出しました。

 

 

 

 

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季節の料理

 

 

虫の声が高く、日中の暑さとは裏腹に秋めいてきました。

先日までは、食事に冷やしたものを必ず入れていたのが

この数日前よりはお吸い物も温かなおすましに茸や白身魚や名残の茗荷に柚子などの具が美味しいと思えるようになりました。

ようやく秋の味を楽しめる季節の到来です。

 

寒かった冬が終わる春は、新芽の芽吹きを楽しむ山菜の美味しさは日本料理ならではのものです。

春は香りを楽しみ、どちらかというと秋は味わいの季節のように思います。(筍と松茸は当てはまらないかも…)

特にお汁のものが何より秋の季節を象徴します。もっと秋が深まると葛を引いたり、お味噌を使ったりと冬に近づきます。

日本料理は一に季節を楽しむ、味と香りと目を満足させるものです。

家庭料理であっても、それを反映させるように器と共に日々楽しみたいものです。

 

 

 

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酒井抱一           秋草図屏風            ウィキペディアより

 

 

 

 

酒井抱一の秋草図屏風を見て

 

東京国立博物館で展観中の酒井抱一の秋草図屏風が見たくて上京しました。

日本の伝統を継承する為に縄文時代より近代の逸品までが

陶、磁、漆、絵画、仏教美術、染織、金属工芸、刀剣などいろいろなジャンルで

一堂に展観されていました。

 

その中でもとりわけ人気の秋草図屏風は

銀箔の二曲双の屏風の上に描かれているもので

なんといっても見所は空間のあり方と雨に濡れて重くなった草花が

いかにもあでやかな風情を表しているこの日本的な美しさにあると思いました。

岩絵の具の美しさも鮮やかで、銀箔も年月が経っているにもかかわらず

黒ずむこともなくしっとりとした光を放っていました。

何よりもこんなに美しい屏風が光琳の風神雷神図屏風の裏側に描かれたものだとは

なんと贅沢なことなのかと驚き、時代の権力者の偉大さに圧倒されました。

もちろん現代ではそれぞれが二曲一双の屏風として伝えられているのですが

時の権力者の富と力が集中するほど、その時代の良いものが創られ伝世されたのでしょう。

これに限らず何もかもがすごいものばかりで時を忘れて見入ってしまいました。

 

余りにも見入ってしまう物の連続だと、毎回思うことですが

その後は目が奥に入るように疲れてしまいます。

緑を見て歩きながらその疲れを取り

長年の友人と楽しい食事をして

充実した休日を過ごしました。

 

 

 

井上千鶴のことば

 

母の死

 

96歳の母が永眠しました。

父が70歳で亡くなってから26年間独りで過ごした後の死でした。

後半6年間は施設にお世話になったのですが、多くの人達との暮らしとは言っても

もちろん家族とは違って我儘も言えず、好きなことも、好みの食事もできず

ただ身体に良いメニューをこなす毎日で、本人の意思に反し6年余りの間、長生きさせていただきました。

私は3日に一度、洗濯物やお花の入れ替えやらで母に会いに行くのですが

その都度(意識のはっきりしている頃は)「もう早くお爺ちゃんやお母ちゃんのところに行きたいわ!」と何度も聞かされ

それに対して私は何も言えず、「神さんが迎えにきはる迄は頑張って生きないと!」と答えるだけでした。

 

半年程前からは私が実の娘である事もはっきりとは解らなくなり

2週間ほど前からはほとんど寝たきりの状態で、呼びかけると薄目を開けるだけでした。

いよいよだなぁと思ったのは3日前で、苦しむこともなく逝ってしまいました。

次の世へ行って父母や主人(私の父)に会って「やっと来れたわ」と喜んでいると思います。

 

実家に居るときの母は好きな植物の鉢植を楽しんだり、いつもお洒落に気を使ったり

友人と麻雀を楽しんだりと一人になってからもそれなりに生活を楽しんでいるように思えました。

私もこの年齢になり、そう遠くないその時、何をどう行動するのかつくづく考えさせられました。

 

お母さん、長い間、ありがとう。感謝しています。

 

 

 

 

 

 

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骨董品

 

私の父は骨董品や美術品が好きな人でした。

その影響で私も学生時代から何も解らないままに骨董品が大変好きでした。

特に学生時代は染付の磁器が好きでした。

自分のおこづかいの中で買える物のことですから、今思えば安価なものなのですが

それでも染付の色や図柄にはこだわりが有りました。

その頃買ったそば猪口や生酢鉢は今でも毎日使う食器として食器棚に並んでいます。

年を重ねるにつれ、目も肥え、少しお金も持てるようになると

若い頃のようなものは手に取らなくなり、少しずつステップアップしていきます。

と共に、家の中にもだんだん物が溜まり置き場も溢れんばかりになる有り様

そろそろ整理をと考えるようになりました。

 

そんな今頃ですが、好きな骨董会に先日も行き、いろいろなものを見てきました。

もちろん展示はただただ棚や壁面に一面並べられているだけです。

物を見る目がないと見落としてしまいそうなほど、いっぱいに並べられています。

本当に心動かされるものがあるかという眼で見るのですが

多数の品々の中で一点だけ、“これ欲しいかな”というものがあり

帰宅してから入札金額を考えようと思いました。

 

こういう展示会に来る人は多分、プロかセミプロの人が多いのでしょう。

私のようなアマチュアにとっては物はやはり

置かれる場所と置かれ方があって初めて生かされると思います。

ただ単に野菜や食品のように並べられたのでは、本来の美しさが発揮されることはありません。

食器は食べ物が盛られ、盆やマットの上に置かれてこそ生きるものです。

花器や茶器もしかりです。

物はあるべきところに置くことが大切です。

でも、プロの人たちはそれよりも物本位です。

物の持つ美こそが何よりも惑わされずに見えるのでしょう。

本当は何が良いのか、価値観の違いでしょうか。

 

何はともあれ、自分が楽しめる、それでないと持つことはないでしょう。

私たちはプロではないからです。

自分が持って楽しめる。これが自分にとって一番の価値であるはずです。

そんな目で見ながら、日々楽しめるものにめぐりあうことを願って

骨董品屋さんののれんをくぐります。

今回の展示会はちょっと物足りない会でした。

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

 

東京ギフトショー

 

例年、春、秋、2シーズン催されるギフトショーに出展して20年近くになります。

初めて出展した頃は1ブースに商品を並べるだけでした。

ブースとしての表現やまとまりもないものでしたが

それでも、名刺交換のために列を作ったいただいた思い出があります。

その当時は私たちだけでなくギフトショー自体も幼いものでした。

 

最近はそれぞれのお店が工夫を凝らし、美しい店作りやコンセプトの解り易いお店など

意志表現のはっきりしたお店が多くなりました。

また、最近の傾向なのか、県や地域単位での出展も多くなりました。

地域が力を合わせてイメージアップをはかろうということでしょうか。

 

また、来店されるお客様も以前は問屋さん、デパートのバイヤーなどが多かったのですが

今回は、特に地方の若いお店の方々が目立って多く

いよいよ地方の時代の感が現実化してきたように思います。

なんとなく時代が変ってきているようです。

 

私も近年はギフトショーに来ることも少なくなりましたが

今回はそんな目で見ながら、久しぶりに楽しい半日を過ごしました。

 

 

 

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総合カタログ

 

 

台風の影響か、秋雨前線が停滞しだしたのか

昨日、今日としとしと雨が降り続きます。

暑さも影をひそめ、じっと座っていると半袖の腕が肌寒くさえ感じられます。

秋はいつも一夜にして到来です。

でも、このまま秋というわけにはかないでしょうが。

 

この涼しさを感じながら、来春の総合カタログのことを思っています。

一応の案が出揃ったところで、最終的にこれで良いのか、あれこれと考えています。

毎回、悩むところは私たちの売りたい物と売れる物のバランスのとり方です。

昔と異なって、扱う素材もいろいろで、それに伴って色の出方も微妙に異なる中で

一定のハーモニーを作らなければなりません。

最近は蚊帳素材のもののウェイトが大きくなり、より季節性が強くなるのを何とかしないとと考えています。

 

どうしても日本の伝統を意識した商品、素材のために

購買の年齢層が高めなのも、もう少し意識して低く持っていくようにもしたいとか

考えれば考えるほど、いろいろな課題が出てきて、そのうちにもうこのくらいでということで

撮影スタートになるのが通例のことですが、

今回はもう少し、林田ともよく捻ってスタートさせたいものです。

 

今週から秋のギフトショーが東京ビックサイトで始まります。

営業の人たちはそこでお客様との商談に対応し忙しくなることでしょう。

私も最終日頃に覗こうと思っています。