井上千鶴のことば

 

 

蝋梅の花がひとつふたつと咲き始めました。

馥郁たるかおりが周辺を暖かくしてくれます。

梅や万作の蕾はまだまだ固く閉じたままです。

それに比べ、今日のこの寒さの中でしっかりと花開いているのを見るにつけ

植物の力強さを感じます。

それが自然の営みというものなのでしょうか。

年を重ねるにつれ、同じリズムで行動できなくなる自身を顧みた時

その強さと不変性に感じ入るばかりです。

 

大きな樹の可憐な花を見て、次の世に生まれ変わるとしたら

歩くことは出来ないが、地面に根を張り、ゆったりと生き続けられるなら

樹木も良いなぁと思います。

時々、鳥が飛んできて枝に止まり、話をし、風が吹いては時々の香りを届けてくれる。

雨の日もあれば、日の照りつけるときもある。

変らず樹木は立ち続け、年を重ねる。

大きな樹木を見ると人格と同様、樹の格を感じます。

幹に耳を当てると水や養分の流れるかすかな音が聞こえます。

 

友人の歌に

人生の午後の影濃し枯れ欅    忍

があります。

 

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

 

今日から仕事始めということもあって、早朝6時40分に起床。

2階の自室より窓を開けて見ると屋根は真白。

この冬最も冷え込んだのでしょうか。

 

今回の冬休みは例年より少し長く、ゆっくりできると思っていましたが

終わってしまえば何をしていたのか、あっけないことでした。

それでも日常では会社と家との往復で、中々会えない友人や親戚と旧交を暖めたり

孫とゲームに興じたりと、普段できないことができ、やはりお正月の有り難さを感じました。

去年、一昨年と苦しいことが続き、このお正月も喪中のはがきを出し、お祝いなしでしたが

それでも、今年こそは改めて良い年になるよう努力したいと思いを新たにしました。

 

9日ぶりに会社の皆と顔を合わせ、挨拶をし合いました。

すがすがしい新年の始まりです。

 

安倍さんが総理になられてから、次々に打ち出される法案があっという間に審議を通過し成立していきます。

前政権(民主党)の時は決められない政治ということで何もかもが停滞したままでした。

全く表裏のような極端な変化です。

本当にこれで良いのか、いろいろと考え熟視しなければならない時のように思えます。

いくら出来る人でも、一人の人間性で良いことはほとんどないでしょう。

多くの人の叡智を集めて多角的な角度から見、議論し、そして決めるという手続きが

現在のような価値観が異なる時代であればよけいに必要なことだと思うのですが

何かひとつの方向に皆が回れ右でまとまりすぎて見えるのは私だけでしょうか。

マスコミや野党はもっともっと強力にそれを言うべき時ではないでのでしょうか。

 

いろいろな考え方、生き方を認め合い、しかし皆が大きな意味で幸せになり

平和な世界であり続けられる国家、成熟した文化国家を作らなければなりません。

お正月休みの間、以上のようなことを思ってお雑煮をいただきました。

 

良い一年にするよう努力します。

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

物作りをする人とそれを売る人

 

昔からの友人から久し振りに電話がありました。

いろいろな話の後、奈良の物作りがいまひとつ元気がないし

その上、その売り方も良くないねとの厳しい言葉が出てきました。

そう言われると私自身も思い当たる節があります。

最近は手作りの良いものよりは、工業デザインの中でのおもしろいものが目に付きます。

特に若者向けの商品にその傾向があるように思えます。

それだけ若手のクラフト作家や伝統工芸の作家の活躍が少し下火なのかもしれません。

 

バブル前からバブル期にかけてはその人たちがもっと元気で

画廊や百貨店での展示会もおもしろいものがあったように思います。

最近はファッションの世界でも画一的で流行に流され、その方向へばかり阿(おもね)ているのではないでしょうか。

このことは長く景気が悪かったことと関係しているように思います。

景気がよければ少しは冒険もし、手堅い安全なことばかりで商品を揃えなくても良い訳ですが

この20年ほどはそのような余裕もなく、皆が皆、必死にまずは食べられるようにと頑張ってきた結果

創造性も面白みも欠ける、着実で万人受けするシンプルな路線が優先されて今に至っているのではないでしょうか。

多分多くの人々は、それはベーシックで飽きもこなくていいが、そろそろほかにも良いもの楽しいものがあるかもしれない。

そんな気分になりだすのではないでしょうか。

 

来夏から秋にかけてはそんな消費者の気持ちに応えて

私たちも自身たちの持ち味である日本の伝統の中の “華” の部分を出すタイミングなのかもしれません。

そのために来春から用意をしていこうと思っています。

友人との30分ほどの電話のおしゃべりの中で、こんなことを考えていました。

 

今年、ブログを始めて10ヶ月になります。

皆さんが何を思われているのかも解らず、単に自分が思いついたことをときに書き留めています

こうすることによって自分の気持ちを固め、何を何の為にどのようにしたいのかを自問自答しているのかもしれません。

長らくおつきあいいただきました。

来年もよろしく、良き年をお迎えください。

 

 

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

黄葉終わる

 

11月中旬から始まった黄葉もいよいよ終わりの時季を迎え、庭の木々もすっかり葉を落としました。

僅かに楓の黄葉が1、2本残るだけとなりました。

日中、久し振りの晴天で、裸になった木々は細い枝を残してさっぱりと身軽な感じになりました。

庭が明るくなったように思えます。

所々に降り積もった落葉を年内には綺麗にお掃除しなければなりません。

あと一週間ほど見苦しいのですが、これも秋の風情と受け取り辛抱することにしました。

 

晴れた日の落葉はカサカサとして見られたものではないのですが

小雨でも降って、少し濡れた落ち葉はそれはそれは美しく

自然の恵みとしか思えない風情を呈してくれます。

孫の京華に言わせると  “自然の絨緞” だそうです。

子どもにとってはその中で転がりたいということなのでしょう。

 

日本人の私はその美しさも解るのですが

やはり、お正月を迎えるには家の内も外も掃き清めないとどうも落ち着きません。

残り10日の内、休日を数えながら掃除の計画を例年たてます。

それをひとつずつ消していって、ようやく30日になり

31日はお節料理に一日中明け暮れたものですが

ひとりになった今は、さてどうしたものか・・・。

お節料理は今年は主人も母も居ないので多分パスすることになりそうです。

でも掃除だけは頑張って今年もやります。

 

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

今年一年

 

去年の今頃は博道の容態が悪化する中で

一日一日を重ねることの重さを思った日々でした。

今秋は冬の到来が思いのほか早く、仕事の面でも春夏のカタログ作りに追われる毎日でした。

 

私の一生の中で、こんなに身近な人たちが逝ってしまったことはもちろん初めての経験でした。

今まで、過去のことを思い起こして話をするということはあまりなかったのですが

最近は人に話さないまでも、自身の記憶をたどり、昔のことを考えることが多くなってきました。

博道は生前、同輩の人たちとの集まりでは必ず昔は「どうこう」という話ばかりして

これからの事については中々話題にのぼらないと嘆いていたのを思い出します。

私もその年齢になってきたのか、周囲に起こることの影響なのかと考えます。

 

10日前より、来年卒業の人たちの面接が連日続きました。

社会人として認められる試験は今までいろいろな試験を経験してきた中でも最後の大きな壁なのでしょう。

特に、12月になって面接ということは、ここまで数多の会社にトライしての後のことなのでしょうから

またダメかもしれないと思うと同時に、精一杯何とか良い成果を得ようとの緊張そのものでした。

そういう中で本人の人間性を少しでも見たいと質問をしていきます。

20分ほどの間に自分の良いところをアピールできる人もいれば

緊張のあまり、質問に対してピントの外れた答えがあったりと様々です。

多分、人生の中でも就職試験の緊張感は社会人となるための登竜門で後にも前にもない経験なのでしょう。

それだけに面接する側の私たちも大きな責任と、若い人たちに“大人とは”という面を問われているような気にもなります。

 

来週には結果を連絡することになります。

皆さんが立派な社会人として、社会のために良い仕事をされることを望んで止みません。

 

12月も半ばにきました。

そろそろ年末のご挨拶や新カタログの送付の用意やらが始まります。

 

 

 

 

井上千鶴のことば

 

師走

 

例年にない寒さで、昨日は宇陀を走っているとうっすらと雪景色を見かけました。

美しい紅葉がまだ残る上に白い雪が乗り、赤と白のコントラストが絶妙で

その上、夕暮れ時とあって赤っぽい夕陽が当たり、白、赤、濃いブルーと三色に色分けされた風景は

少し不思議な感じでもありました。

信楽、宇陀と3人の陶芸作家の方を訪ね、久し振りの山間のドライブを楽しみました。

 

このところ秘密情報保護法案のことや、外交問題に対する日本の姿勢

教科書の検定のことなどなど、何か私たちの口出し出来ないところで

戦前の日本(実際には知らないが、先輩や報道などによる知識上での)に

近づくような雰囲気が蔓延しています。

その一方で、それをカバーするように景気が回復してきたからアベノミクスは成功だった

と言わんばかりの得意顔がとても気になります。

原子力の問題も全く解決の目途が立たないまま、いろんな事を解らなくするような法案が通ってよいのか

不気味な時代が来るのではないかと本当に不安になるこの頃です。

そんな時、美しい風景の中、車を走らせ自然の中に身を置く幸せを感じました。

 

師走の言葉通り、12月に入ると例年、なんとなく気ぜわしい思いをしていたのですが

博道が逝ってしまったからでしょうか、一人ということもあって

いまいち年末の掃除やお節料理、年賀状、お歳暮のことなども

あまり気にならず、というより、張り切ってしましょうとは思えないのは悲しいものですね。

やはり文句をお互い言っても誰かの為ということがないと

人間、何もできないのだと痛感する年の瀬です。

 

 

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

勤労感謝の日

 

1週間ばかり続いた寒さで、遅かった紅葉も一気に鮮やかに色づいてきました。

朝の冷え込みはあったものの、陽が昇るにつれ久し振りのやわらかな陽射しが感じられます。

逆光の楓の木々の美しさは今が最高です。

自宅の庭は落葉樹、特に楓が多く、木々によっても枝によっても紅葉の速度が異なります。

今は緑から黄、赤とが入り混じり自然の錦を見るような風情です。

キッチンのテーブルに座り、お茶を飲みながらのひとときは大きな楽しみです。

半月後には美しかった紅葉も皆、葉を落とし土も苔も竜のひげも全く見えなくなるほど

一面ふかふかの落葉で覆いつくされます。

今ひととき、至福のときです。

 

元気で楽しくお茶をいただき、友と語らい、美しいものを見る喜びは

元気で働けるが故のご褒美なのでしょう。

いつまでも働けることに感謝したいと思いました。

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

同窓会

 

一昨日、中学高校の同窓会がありました。

今回は幹事役を引き受けていました。

2年に一度のことですが、今まで私はあまり参加していないこともあり

50年ぶりに会う友の顔が誰なのかと見入ることしきりでした。

名札を見ながら顔を見比べ、「あぁ」という声があちこちから聞かれました。

よくよく見ると、皆それぞれ年をとり、老けてはいても昔の面影はちゃんとそこに見出せます。

それ以上に声を聞くと、聞き覚えのある声と顔で一度に昔の風景が甦りました。

50年近くの間、お互いいろいろな経験を積み、苦しいこと、楽しかったこと、悲しいことなどを

いっぱいつめ込んで今この場に居られるささやかな幸せをかみしめながら4時間あまり話しこみました。

 

5名の先生方が参加してくださいました。

その内、90歳を越えられた先生が2名、80歳以上の方が2名、70歳代の方が1名で

長寿を絵に描いたような先生達でした。

カクシャクとした話し振りにも増して、内容のあるお話を聞くにつけ

20年後、私もこのような話ができるのかとちょっと不安にもなりました。

 

はじめはクラス別に設置されたテーブルと椅子でしたが

最後はいろいろな所に出向き、話し込み、盛り上がることしきりでした。

二次会もほとんどがそのままスライドで、大変なにぎやかさでした。

以前も感じたのですが、同窓会の後の心のあり方は、普段付き合っている友人との別れとは異なり

後にも先にも続かないなんとも空虚な穴の開いたような思いが残るのはどうしてでしょうか。

今回もそんな気持ちで夕暮れ時、次回2年後の幹事さんに「よろしくお願い」して帰宅しました。

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

いよいよ秋も深まり、霜の下りる頃になってまいりました。

最近は青果市場を通さずに直接、生産者が消費者に売る場が

道の駅に限らず、あちこちにできるようになりました。

そこでは路地の葉物がそろそろ出始め、霜をかぶった菜物はやわらかく

甘味を持った美味しいものになります。

特に大和まなや日野菜、白菜はこれからがシーズンです。

 

食い気はこのくらいにして・・・

夏の間に伸びきった雑草は秋の始めに刈り取られ

その後に生えた刈萱や薄の葉などが一斉に霜をかぶり紅葉します。

なんでもない空き地や、田畑の畔が美しい絨緞になるときです。

早朝、水滴をかすかにつけたこの一時、朝日を受けて光り輝きます。

散歩ができて良かったと思えるこの頃です。

 

 

 

井上千鶴のことば

 

 

納戸掃除

 

来年、春に博道の写真ギャラリーと楽しみの空間作りをしようと決めて半年余りが過ぎました。

思う場所が定まらず、結局、博道が最後まで住んでいた中登美ヶ丘を手直ししてオープンすることとなりました。

ようやく場所を決め、私もその気になって始めることにしたのですが

その為にはギャラリーとしての有り方、人の流れ、楽しめる空間の演出などを考えなければなりません。

しかし、その前にとりあえず家の中を大改装しなければ何も始まりません。

11月にはいって1週間かけて納戸1ヵ所を大掃除しました。

 

いろいろ懐かしいもの、忘れていたもの、久しぶりに見て感心したものなどが出てきて

その折々の思い出と共に感慨に耽り、ようやく完了しました。

実家にいた頃、父に教えられ、よく蔵の道具の整理や季節の掛け物、飾り物、屏風や緞通の出し入れを

お店の人たちとしていたことを思い出します。

自宅の場合は、そんなに大きくない納戸ですが、何が何処に入っているのか

解り易くしておかないと、私がいなくなったら、多分誰も分からないだろうと思い

今回は自分の年を考えての整理をしました。

 

窓の外を見ると、いつの間にか山法師や南京ハゼが色鮮やかな赤色に

紅葉は今年もうひとつ美しく染まらないのですが、そろそろ葉を落とし始め

椿の花の蕾も少しずつ大きくなってきました。

来春一番に咲き始める水仙も土の中からにょっきりぶ厚い葉を出しています。

季節は何も言わずに進みます。

良い春を迎えられるように、今年の冬は私も凝りずに頑張ります。